LE MANSといったら「フジヤ」のマスターのブログです。 毎日様々な事について掲載しておりますので、是非ご覧下さい。
“ピット ウオークで各チームを・・”
走行

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プジョー_001


金曜日の午後、パレードが始まる前にサーキットに戻りピット ウオークをした。よく判らないが、金曜日の午後だけピットを開放している様だ。
スタンドから見るのに比べピット ウオークで見るマシンは迫力がある。

僕は夢中になってビデオとデジカメで撮影した。ピットマン、パドックの奥、そこにある工具類、壁際の装置、ピットサインを出す所、等々興味に任せて撮り捲った。
人気チームの前は人だかりで、小さい僕は大男の脇を割り込んで前に出た。

今年の特徴であるAUDI,プジョー、アストンマーチンの背後に着く背びれのようなフィンを穴の開くほど見た。模型として今年のマシンは最高に魅力を感じた。

走行写真販売中

 2011年ル・マン出場車の走行写真を販売しています。 
 (10x15cm)    1枚 \300
ご希望の車番をご記入の上、ご注文下さい。

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“J.C ボーディア氏 が絶賛したフジヤのピット  2“
supak  pit

fujiya pit

そして次に彼がカバンから取り出したのは、僕が以前J,Cに送ったKITに同梱してある「フジヤ ニューピット 組み立て説明書」だ。J.Cは僕の顔を真直ぐに見つめ「素晴らしい、凄い・・」と言った。
僕は以前彼にフジヤ ニューピット一式を「感想を送ってください・・」のコメントを添えて送った。

その感想文がなかなか届かないので、今度J.Cに会ったら催促をしてみるつもりだった。
「素晴らしい、凄い・・」と又彼は僕の目を見て言った。

「そうでしょう。これで僕をスパイとは言わせませんよ・・」と冗談を含めて彼のボディーに軽くパンチを入れた。
彼が特に気に入ったのは三角で出来たトラス(夜間照明器具を吊るす金属の支柱)だった。「参った・・」とは言わなかったが、完全にフジヤのピットに打ちのめされた様だった。

以前このブログで書いたと思うが、このトラスは強化紙の回転図で出来ている。
これを左右に折、木工ボンドで仮組し、瞬着剤で固め、シルバーで塗装する。

本物は金属だから、当初エッチングでやろうと思っていたが、工作上の問題と一度曲げると元に戻らない事から、強化紙にした。これで完璧なトラスが出来た。

スパークの新製品「ル・マン ピット」のトラスはエッチングで出来ている。でもこれは一番簡単な物で、ジャガーやプライベートのフェラーリチームはこれを使用している、が、AUDI,プジョー、アストンマーチンのチームのトラスではない。
そこに拘って作ったのが、フジヤ オリジナル ピットなのだ。
そこを真顔のJ.Cに指差され、僕は「ヤッタ~」とガッツポーズをした。そして「もっと早くコメントしてくれなきゃダメじゃない・・」と僕はJ.Cの腹を再度軽くたたいた。

「次の生産時でいから、送ってくれないか・・」とJ.Cから多数の注文を貰い、僕はとてもハッピーな気持ちになった。

※ 画像は当店自慢のトラスです。それをスパークに移植してみました。
“J.C ボーディア氏 が絶賛したフジヤのピット“
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ル・マンのパイロット・パレードに付いてはまだまだ書き足らないことが多々ありますが、先に進みます。

11日(土)PM2:00にピット裏のビレッジ(テナントが並ぶ有名ブランド店の一角)中央にあるAUDIのモニュメント前で僕はJ.C(ジャンクロード)と会う約束をしていた。「日本から1/18スケールのS.マックインのフィギュアーを持ってきてくれ(かなり多数) 」との注文を受けていたので、僕はそれと一緒に今回の土産HIROのフィギュアー2点と917のエンジンとパーツをリュックの中に持っていった。午前中にル・マンレーシング社に立ち寄り、ソフィーと再会、「何か飲む・・」に「ワインが無ければ水・・」を注文。彼女とは昨年の暮れに電話でやりあった仲なので、その時の話題には事欠かない。今回も色々
日本支援を頼んでおいたが、後は神のみぞ知る・・に留めた。

そしてGULF,AUDI,プジョー・ショップを覗き、一度スタンドへ行き、J.Cと約束の場所へ着いた。突然目の前にJ.Cがあらわれ、僕は大きなJ.Cの胸に抱えられ、笑顔の再会。
最初の言葉は、毎月送っているMC誌に掲載される僕の作品について「上手くなったネ~」だった。やったー!
その直ぐ後でJ.Cは「プレスルームを用意しておいた・・」との嬉しい言葉に僕たちはピットを抜けてプレスルームに向かった。プレスルームに入るのはこれで2回目です。ここから見るル・マンは1味も2味も違う。
窓際には大型のモニターTV多数がはめ込まれ、斜めにカットされた窓の下を覗けば各チームのチットが手が届く様に見ることが出来る。

各自のテーブルの上にはネットが繋がるようになっていて、部屋の奥の棚には色々な資料が置かれている。それを参考に記者たちは自国にル・マンの今を発信するのだ。
もう間もなくレースが始まろうとしているのに、誰1人としてコースに目をやろうとはしない。J.Cもレース前のイデントには興味なく、早く僕と話したがっている様子がわかる。

J.CはAUTO hebdの別冊を僕に見せ、そこに掲載されている彼の最新のジオラマをさした。僕は偶然その雑誌をル・マン駅前の売店で買って見ていたのだが、初めて見ましたを装い、少し大げさに「さすが、先生!凄い」とヨイショした。  

※ 作品は確かに凄い前兆200cmの大ジオラマ。         続く

“複雑な気持ち・・”
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PIT 2011


本日スパークの1/43スケール ル・マン ピット(\20.000)が入荷しました。
先に発売のダンロップ・ブリッジ(\22.000)は完成品としてリリースされましたが、このピットは半完成です。ですから説明書を見ながら組み立てなくてはなりません。これはこれで楽しいと思います。各チームの看板はプリントされている物を使います。

スパークに先立ち発売したフジヤのピットは完成品(\63.000)、キットは(\16.800)ですから、スパークのピットのコストパホーマンスに関して文句は有りません。気軽にピット風景を楽しんでいただければ良いと思います。

・ ・・が、これでは物足りないとお思いの方は、是非フジヤ・オリジナルのピットをお買い求め下さい。

※ 画像は今年のル・マンで撮ったN0.22 ローラ・アストンマーチンのピットです。ご覧頂ければお分かりと思いますが、夜間照明の器具を吊るすトラス(三角形の金属支柱)は各チームによりまちまちです。今回のスパークのそれは今年ですとジャガーが使っていていた簡単な物です。

文句を言うつもりはさらさらありませんが、2010年のAUDI,プジョー チームのピットはこのトラスではありません。(でもこれはこれで良いんだと思いますし・・・=何か奥歯に物が挟まった表現)

◎ ご来店の時にご覧下さい。
ご注文を頂いていますお客様の分は取り置きしています。
“タイムリーな新製品のお知らせ。”
トロフィー2

マツダ1

マツダ2

先日のル・マン24時間レースで、20年ぶりにサルテ・サーキットを駆け抜けた『マツダ 787B』は1991年の優勝以来の復活とあって大きな話題となりました。        (いい音していましたね。)

そして、2005年の発売当初から好評完売となったオートアートの1/18スケール『787B』も、約4年ぶりに再登場します。

今回は新たに、感動の記憶が甦る「優勝記念トロフィー(高さ約3cm)」が付属。
また、ワークスカラー『18号車』も初のモデル化となります。マツダファン待望のマシンの登場です。

●マツダ 787B 1991 ル・マン優勝 #55 (バイドラー/ハーバート/ガショー)                           スペシャル・エディション(優勝トロフィー付属) ※スペシャルパッケージ入り  \19.800

●マツダ 787B 1991 ル・マン6位 #18 (ケネディ/ヨハンソン/サラ)
\18,800

皆様のご注文をお待ちしています。

“ル・マン レポート6”
F仕事

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6時から始まるパイロット・パレードを見物する為にル・マン市内に戻った。パレードは各チームのパイロットを乗せたクラシックカーを市民に披露する事が第一の目的なんだが、パレードには色々な民族のダンスがあったり、マーチングバンドがあったり、ハワイアントロピカル・ギャルのパレードがあったりとあっと言う間の2時間です。
パレードはジャコバン広場からスタートして市内を約2時間掛けて1周するのですが途中パイロットが車から降りて市民にサインをしたり、自身のカードを配ったり、それにサインしたりして市民との交流を大事にしている。これだけ見て帰ってもル・マンに来た価値はある。

F]婦人は毎年パレード最終コーナー近くを担当している。パイロットと観客を取り持つ色々な仕事をしている。
僕はパレード前にF婦人と打ち合わせをしていた事がある。それが先日のV.イクスを初め有名ドライバーに持ち込んだ色紙にサンイ貰う事だった。今回それが成功したのはF婦人の尽力があればこその事だった。

※ 画像はパレードでボランティアとして働くF婦人。そしてV.イクスです。
ル・マン レポート5“
イクスのプレート

翌日の金曜日はF婦人の車でセント・ニコルスのイベント(パイロット・プリント)参加の申し込みの為にル・マン市長さんが経営する大きな食品店へ出向き、担当の女性と打ち合わせ。僕はJ・イクスのプレートの周りを注文した。いずれル・マンに行く方は僕のサイン(フジヤ 藤田)を見て頂くことになると思う。

※ 画像はJ.イクスの手形、足型をプリントしたモニュメントです。その周りを囲む小さな四角の1つに僕のサインをプリントした物がはめ込まれます。


その後F婦人と別れ、トラムでサーキットへ向かう。通いなれた道に新しい何棟もの建物が建っていた。
話は飛びますが、ACOは最近地元の人に評判が良くない。「ACOは何でも金、金・・・」と言う。以前には地元の家に4枚の観客席を配ったのに、今はそれが無い。そしてサーキットの中のレストランも高くなった。

サーキットの中の売店もパチ物やいかがわしい見世物は無く(1995年にはストリップ小屋が2軒、実弾の射撃場があったり、まがい物、もどきの店が多数あった)ACO公認の小奇麗な店ばかりになったのが、僕は不満だ。
観客席もダンロップブリッジ脇の格好な席はACOの会員の為に囲われている。僕は年間費を払っているからそこに入れるが、一般の人には不満だろう。

以前は汚く、臭かったトイレは綺麗になった。毎年改修される施設に莫大な費用がかかるのだから、ACOも金、金となるのだろうが、地元民に反感を持たれてはお終りだ。
F婦人にとってもらったスタンド34(ピットが並ぶメインスタンド)を確認し、これもとって貰ったピット裏のパドックを歩いた(パドックパスが必要です)。
“ル・マン レポート2-4”
マダム

ル・マンの駅からB&Bに行くにはトラム(地元の人は:タムエイと発音する)で「ル・マン ユニバーシティー」方面行きに乗り、Theodore Monodで降り(約10分)そこからNo.2のバス(Domaine De Beauregard行き)に乗り換え、Baudelaireで下車(約10分)。バス停の前がB&Bです。

市内からは少し遠いのですがサーキットまでの足の便がいいのでここを選びました。閑静な住宅地でルノーの社宅が連なる所です。

マダム・ファッターの家は典型的なフランスの住宅で4人が泊まれる個室があります。(なぜか今回の利用者は僕1人だけでした。)バス(シャワー)、トイレは共同ですが、順番に入ればなんら問題はありません。居間は6人が座れるイスと大きなテーブルが有り、朝食は4人一緒のようです。朝食はこれまた典型的な簡単な物です。昼食、夜食は出ませんので、各自用意するか、町のレストランで済まさなくてはなりません。レストランでの代金はさほど高くはありませんが、注文方法が厄介でしたら、タムエイ途中のRepublique駅にスーパーマーケット、マックも有りますので、そこで購入してもOKです。
ベッドはダブルベットですので、ゆっくりくつろげます。

※ 画像はマダム ファッターと

“ル・マン レポート3”


マダム ファッタは英語が出来ません。僕はフランス語が出来ません。そこでどうしたかと言うと僕の翻訳機が示す英語の単語をマダムが仏英の辞書で調べ、お互いに単語を合わせて「そうそう・・」と言う具合です。でもこれって通じる物です。朝食後の時間に日本から持ち込んだ折り紙をマダムと一緒に折った時から急激に仲良くなり、最後の日はマダムとお互い知っているシャンソンを歌い、ビデオに収め、F婦人に見せて3人で盛り上がりました。B&Bは良いですよ。


ル・マン一人歩きの木曜日の午前中、最初に行ったのはACOのショップです。今年退職するするモニカさんに長年の慰労を言い、新製品の注文をしていた時に、タミヤのTシャツの色黒のお兄さんが入ってきた。日本人とは思うのですが、一応「CAN YOU SPEAK ENGLISH?」と問いかけ、日本人とわかれば後は流れの通り。その人はなんと僕と1995年ル・マンで一緒だったUさん。奇遇です。
彼は今秋のイベントの準備を兼ねて社用でACOに立ち寄ったとの事。そのイベントにフジヤも出店しようかな。

僕はモニカさんの後任者とACOに「日本支援」をお願いをして貰うスタッフを紹介して貰いました。翌金曜日にサーキットのACO事務所を尋ねたらそこに居た女性は2002年のル・マン クラシックであった方、机から持ち出してきた写真に彼女の同僚と僕の3ショットがあり、その写真を大事にしてくれていたんです。3人で大笑い。早速ACOに「日本支援」のグッズの提供をお願いしまし
た。何を送ってくれるのか楽しみに待とう。



“ル・マン レポート4”

午後ル・マン市内の中心地、セント・ニコルスに行く。ここには歴代の優勝者の手形、足型をプレートしたブロンズの記念碑を道路にひきしめた場所がある。ル・マンの名所ですから一度は見た方もおいででしょう。このモニュメントは20周年を迎え、今年はそのブロンズの周りに自分の名前をプレートにしてそれを記念碑の周りにはめ込むイベントがある(有料)とのニュースをF婦人から聞いていた。「貴方か、店の為になるなら申し込んでみたら・・」との事だった。

僕は二つ返事でお願いしました。僕の名前が永久にル・マンに残せると言うのですから、これに参加しない手はありません。下見をしてからスーパーでワインを買い込み、ル・マンに有るスパークの店(BAMが身売りした店)に行きました。日本で帰る物とまもなく入荷する物ばかりで、買うものは無し。
夕飯はF婦人の家にお呼ばれ。いつものル・マンを満喫。
“僕がル・マンでやった事”
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無事にル・マンから帰ってきました。帰りの飛行機の中でちょっとしたトラブルがありましたが、その他は計画通り、否計画以上の充実したル・マンでした。

先にお話しました様に今年はF婦人の家のB&B(朝食+ベッド)に泊まりましたが結果的にF婦人に御世話になってしまい、完璧な一人旅ではありませんでした。
ですからこれまた金額を含めた完璧な報告を皆さんに出来ませんが、参考にはなると思います。
何しろ報告したいことが山ほどあり過ぎ、何処から話していいのか迷うほどです。

小雨の東京を定刻通りANA205 が飛立、定刻通りパリに到着、バスでモンパルナスに行く途中のパリを楽しむ。
モンパルナスからF婦人に携帯を入れると、「それじゃ、いつもの場所で待っているからネ・・」との事。ここですでに僕の一人旅は終了。(本当はB&B1まで、タクシーを 使うはずだったのに・・)

定刻通りTGVがル・マンに着くとそこにF婦人とダニエルさんが迎えに来てくれていた。HONDAのスポーツカーの中で最初に僕の家族の心配事を、そして現在の日本の事情を説明した。通いなれた道を少し遠回りして10分程でB&Bに到着。早速B&Bのマダムを紹介され家に入った。マダムの名はファッタ。

“持ち帰った今年の資料”
資料

プレス用に作った各チームのパンフレット&CD、当日の新聞、AUTO hebdの特集、ル・マン市案内その他。
店頭で公開しています。ご来店の折にご覧下さい。

※ 親友J・Cボーディアーの最新作“ジオラマ”は一見の価値あり!! 

どなたかこの方々をご存じないでしょうか?
どなたか

バニナ2


僕にとってこの方々が撮影してくれた画像がどうしても必要なんです。

実は6月10日に開催されたル・マンの“パイロットパレード”の時に僕の反対側に居て、バニナ・イクス(ジャッキー・イクスのお嬢さんで今年のル・マンのドライバーNo.22 ローラ・アストンマーチン)から僕が日本支援の為のサインを貰っている場面を撮影してくれるようにお願いしておいた方々なんです。

ですがパレードの最中にハプニングが起き、彼らを見失ってしまいました。事前に「話は後でしますから、パレードが始まったら、そちらから僕を撮ってもらいたい」旨のコメントをファンソア・マンブイ婦人を通してお願いしておきました。婦人はパイロット・パレードの担当者です。僕は長年マンブイ家に泊めて貰い、ル・マンでお世話になっている友人です。

話は長くなりますが、僕は日本から出国前にファンソア・マンブイ婦人に以下のことを話して日本の応援をしてくれるようにジャッキー・イクスに頼んでくれるようにメールを出しておきました。
ご存知のようにJ・イクスはル・マンでもっとも有名で、日本でも愛されているドライバーです。その彼に僕はサインを貰い、それを日本で販売し、そのお金を今回の被災地に義援金として送りたかったからです。

厚かましくも、無謀な計画といえば計画です。何しろ相手は超有名人です。僕の様な名もない単にル・マン好きなオヤジを相手にしてくれるとは思いませんが、若しかしたら僕の行為に賛同してくれると思ったからです。
婦人はJ・イクスにコンタクトしてくれていましたが返事は貰っていませんでした。

そしてパレードが始まり、婦人の担当場所にバニナ・イクスを乗せた車が来た時、僕は夫人にサイン色紙を渡し、V・イクスにサインを貰ってくれるように頼みました。パレードはそれこそ多くの観客で埋め尽くされ、V・イクスの人気は凄く、彼女にサインをねだるファンは彼女に声を掛け自分の所に来るように声を振りかけていました。

婦人はV・イクスに僕の色紙を渡すことに成功しました。そして婦人はV・イクスに何か言い伝えました。その直ぐ後で彼女は僕の方に来てくれ、「貴方なの、父にコンタクトしてきた人は・・」と言って色紙に丁寧にサンイをしました。僕は軽くうなずき「YES」と言ってポケットに差し込んでいた日本の日の丸が中央にプリントされた扇子にも丁寧にサインを貰いました。僕は夢心地でした。

僕が婦人に頼んだ事がJ・イクスに伝わり、V・イクスに届いていたのです。その事がたまらなく嬉しかった。

それを反対側から撮影してくれた方々にどうしても連絡し、その写真が欲しいのです。
どなたかこの4人をご存知ないでしょうか?



※ ル・マンでGETしたパイロット、監督のサイインやその他多くのグッズをどの様な形で販売し、それを被災地に送金しようか、目下検討中です。僕の趣旨に賛同してくれるマスコミの方が居ましたら、是非名乗り出てください。
“海外で使える携帯電話・・”
僕は今まで結婚指輪と携帯電話を持たない事にしていました。
何処に居ても捕まるのは面倒ですし、第一ミステリアスでいいじゃないかと思っていたからです。
しかし今回どうしてもル・マンで携帯が必要な事態になりました。

スパークのウーゴ氏をはじめJC,COCO,テセドア、ソフィー、モニカ、F婦人、エマニエルからモバイルナンバーが届いていて「ル・マンの○○で会いましょう・・」と添えてありました。広いサーキットです。待ち合わせの場所と時間に行くにはどうしても携帯電話が必要です。

と言う訳で僕はDOCOMOの海外で使える携帯を買いました。
早速試しにF婦人に電話を掛けました。F婦人は「・・誰」と思ったようですが僕と知って、いつもの声で「来週待っているわよ・・」と返ってきました。簡単につながるんですね。

携帯を持たずにル・マンに行った何年か前、どうしてもF婦人に連絡しなくてはならない事があり、モンパルナスの駅で居合わせた人の良さ様なフランス人を見つけて携帯を使わせて貰ったことがあります。今思うと良くも、みも知らない日本人に貸してくれたなと変に感心しました。

※ 僕の留守中店には息子が居ますが、対した応対は出来ないと思います。
16日過ぎには店に戻っていますので、宜しくお願いいたします。
“Le Mans 2011年 OFFICIAL グッズを承ります”
2011プログラム


いよいよ僕は来週ル・マンに向けて出発です。
今年のOFFICIAL プログラム(\2、000)、ポスター(\1,200)、ステッカー(\600)がまもなく入荷いたします。
先日お話いたしました様にACOのサイトにリンクしてあるプジョー(昨年)のサイトから24時間ル・マン観戦が出来ると思います。プログラム(本誌+パイロット、マシンの小冊子)を片手にどのチームがどの場所で何をしているかをお楽しみいただける筈です。
多分10日には商品が入荷すると思いますので、ご注文順に発送いたします。

僕の留守中は息子が応対いたしますので、宜しくお願いいたします。