LE MANSといったら「フジヤ」のマスターのブログです。 毎日様々な事について掲載しておりますので、是非ご覧下さい。
“プロフィール24の新製品”
917 K gulf PK

ル・マンに工房を持つプロフィール24(P24)社は文字通り24のキットを中心にリリースしていますが、フジヤはこのメーカーの精巧な43フルディティール・キットを主に販売しています。

今回の出張ではP24社を訪れませんでしたが、JCの店でP24の新製品を見せてもらいました。

キットは43でしかも塗装済みのポルシェ917K LM1970 (Gulf) No.21です。プロポーション キットが少なくなってきた現在、貴重な存在です。

入荷は3月中旬を予定していますが、僕はこのキットを使って久しぶりに“43教室”を開催しようかと思っています。
と言うのも43を作ってみたいとお思いの方が近頃お見えになります。
このキットは自分で作ってみたいと言う方にはまたとない教材だからです。

「43で作る楽しみを求めている方が居る限りフジヤは43を販売します・・・」を唱えている僕としては久しぶりに血が騒ぎます。
スポンサーサイト
“誰もいないサーキット”
2月22日

翌朝ホテルをチェックアウトしACOショップへ行き、モニカさんに荷物を預かってもらう。

サーキットのACO事務所に仕事の打合せで行くモニカさんの車に便乗。駅前からトラムでサーキットへ行く予定が変更になった。「ラッキー!!」車を運転しながらモニカさんは僕達にサーキット周辺を案内してくれた。

近々トラムの終点がル・マンの新しいゲートになる事、テクノパークの傍に建設している建物がサッカーの会場になる事等々、昨年の6月から景色も変わり、現在もル・マンは進化し続けている。

モニカさんもF夫人に勝るとも劣らぬ地獄耳だ。
一度現在のゲートに着いてから、車をユノディエールに回してサーキット内の道を通って再度ゲートに着いた。
事務所に行くモニカさんと別れた僕達は人影の無いサーキットを歩いた。レース開催中は人手溢れて、背の低い僕は人の波を泳いでいたのが嘘のようだ。

新しく出来た売店が立ち並ぶ広場からサーキットの内側を歩き、ダンロップブリッジを渡り、サーキットの外側に出た。

1990年代まで遊園地や夜店で賑わっていた場所からテルトルルージュまで歩き、トンネルを抜けて又内側に回った。

その都度僕は息子に観戦ポイントを案内したが、人のいないサーキットではレースの雰囲気はまるで伝わらない。何でこんなに観衆が夢中になるのかはこの場所に立っていても息子には理解できなかったと思った。

結局自分で体験しなくては何も分からないのがル・マンだ。

※ 画像はテルトルルージュからユノディエールに進入するコース。
“ル・マン リジェンドでマンブイ夫妻と夕食”
KAZU.jpg
愚息にル・マン市内を案内するのに3時間もあれば足りると思っていたが、アッチャコッチャの会社や店で引っかかったもので予定の時間をかなり過ぎてしまった。

日本の緯度で言うとル・マンは青森ぐらいです。
6月、7月のル・マンと違ってこの時期日が沈むのも早く、6時を過ぎると真っ暗になってしまう。
おまけに小雪交じりのル・マンはとても寒くて寂しい。

「7時半にホテルに迎えに行く」約束をF婦人に貰っていたので、僕達は正装して待っていた。
ご主人のDさんの車で僕達を迎えに来てくれて、近道でル・マンの有名なレストラン、“ル・マン リジェンド”に招待された。
僕は何度もここへ来ているが、愚息にはル・マンの伝統(リジェンド)を実感できたレストランだった様だ。
店内のいたるところにル・マンの写真、マシンのパーツ、衣裳が展示されている。是非皆さんもル・マンにきたら一度は入ってもらいたいレストランだ。
食事の間も僕とF婦人は積もる話に夢中になってしまった。それにF婦人は地獄耳だ。ル・マンの隅々まで知っている。
僕は興味に任せて色々な事を聞いた。ル・マンの町の人々はマンブイ夫妻にとって皆さん知り合いの様子でなんでこんなことまで知っているのと言う生々しい話になった。

レストランの部屋の暖かさとワインに酔って、夕食後僕達はホテルのベットに潜り込んだ。
“無事帰国しました”
ル・マン駅前

今回の旅の第一の目的は6月のル・マンに送り込む息子をあちらの方々に紹介することでした。

ついでと言っては語弊がありますが、パリ郊外で開催されているレトロモビルへ行ってきました。

何しろ今年はお目当てのJCが出店しないので、レトロモデルはおまけみたいな物です。日頃付き合いがある本屋、写真屋さんに挨拶はしたものの会場では大した収穫はありませんでした。

おまけに渡仏して初めてスリに出会い、その強引な抜き取りに近々フランスへ行かれる方にはどうしても話しておかなくてはと思いますので、詳細を後日書こうと思いました。

その他は全て良く、帰りのANAでは思いもかけないサービスを頂き、スリの被害を忘れる旅でした。

それでは順を追ってお話いたしましょう。
2月3日モンパルナスからTGVでル・マンへ。

トラム(市電)でホテルへ直行。4日は朝一でACOショップへ。モニカさんと6ケぶりの再会。息子を紹介して、新製品を注文。

その足でジャコバン広場へ向かう。道すがらパイロットパレードの最適スポットを愚息に見せても、実際のパレードの規模や雰囲気も実感できないのか、大した感激も無かったようだ。

歩いて小雪がちらつくジャコバン広場から向のサンジュリアン教会、旧市内、日本食レストランYUMEを廻ってル・マンレー^シングへソフィーさんを尋ねる。ここでも息子を紹介して、洋書の発送を依頼した。(続く)