LE MANSといったら「フジヤ」のマスターのブログです。 毎日様々な事について掲載しておりますので、是非ご覧下さい。
若気の至り。 またまたF1のお話
AR-C170FP_20080131_212155.jpg


先日F1の事をブログに書いたまさにその直後、タメオから新製品が3車種入荷しました。待望のマクラーレンMP4/22 のモナコGPとイタリアGPそしてウイリアムズFW29ブラジルGPです。フェラーリは248、F2007と更にはそのバリエーションがリリースされましたがマクラーレンは出ていませんでした。大リーガーで言えばヤンキースは居るがマリナーズとレッドソックスが居ないような物で、迫力に欠けます。これでやったと落ち着きました。(スーパアグリでは役者が違います)その日は予約の方にキットを送ったり、電話を掛けまくったりで1日中F1の仕事をしました。皆さん待ち焦がれていた様で、取りに来てくれたり、メールで来店日を通知していただきました。思えばこんな思いは久々でした。    日本にF1ブームが始まった1986年から2,3年経った時には眠い目を擦りながら深夜のF1TVを見て、翌日職場や学校でF1の話をした物でした。今までF1の事等知らずに居ましたが、誰もがF1を我が物顔に話したりしたのですから、ブームと言うものは面白いものです。モデルも余り無く、完成品は43のオニキス、24のブルームが主流でタミヤのキットも皆さんに競って買っていただいた時代でした。そこにタメオの43が入り込んで来たものですから、情報を求めて沢山のモデラーにキットを買っていただいた記憶があります。何しろF1のモデルであれば何でも売れた時代でした。そうそう、今思い出しました。フジヤに腕の良い、面白いW君と言う店員が居て、タメオのキットを組んだ後で、「マスター、オニキスの完成品出来が悪いよ、やめよ~」と言ってきました。無論タメオの完成品とオニキスのそれを比べれば、月とスッポン、提灯に釣鐘、一目瞭然です。「確かに出来が違うな、じゃ~止めちょうか・・」と僕も同意してオニキスのF1の販売を止めてしまいました。オニキスでもブルームでも何処のモデルでも有ればあったら全部売れた時代なのに、あろう事かオニキスを全て止めてしまいました。これには今だから話せる苦い思い出があります。一度入った多数のF1商品を代理店に返してしまい、しかも売れ筋とあって代理店の怒りに触れて、以後商品が入らなくなった事が有ります。ですがタメオのキットがその何倍数販売できましたので、結果オーライと言う落ちも付いていますが何とも早、若気の至りと申しましょうか、なんとも直線的に走ったものです。    続く

※ 1990年 モナコにて撮影
スポンサーサイト
“たまにはF1の話も・・”
PICT0676.jpg


当ブログはル・マンの話題が多いので若しかするとフジヤにはF1のモデルはおろか資料も在庫していないのでは無いかとお思いも方もいらっしゃるかと思います。その事に付いて反省は出来ませんが、確かにF1の話題は少ないと思います。先日最近F1に興味を持ったという若い夫婦のお客さんがご来店。「こんなにも多くのモデルや資料が多いとは思っていませんでした」と言われ、僕は久しぶりにF1のモデルをご覧頂いたり、話をさせてもらいました。ついでに1990年にモナコGPに行った時の写真をご覧頂いた。すると若い2人は「エ~モナコへ行ったんですか?」と互いの顔を見合わせて、僕の撮った写真を熱心に見入り、驚いてくれました。最近F1に興味を持ち始めた彼らにとってはF1のスタートはM.シューマッハからだとの事です。ですから僕がご覧頂いたモナコは彼等にとっては18年も前の遠い昔の話の様です。僕にとってはそんなに遠い事とは思っていなかったので、僕のほうが面食らってしまいました。マンセル、プロスト、セナ、ベルガー、アレジ、中嶋、亜久里は僕の中ではハッキネン、ハミルトン、琢磨と同位置にあるのに、随分時間がすぎたのだな~と思わずにはいられませんでした。今日は1日F1のモデルを見直し、ご無沙汰しているF1モデラーの方にメールを送ってみよう。※久しぶりに見る1990年のモナコの写真は何か新鮮に感じました。ご覧になりたい方はご来店の折にお申し付け下さい。
“初めての休日”
年末年始営業しましたので先週3連休しました。が僕は物凄い風邪を引いてしまい1歩も表に出られず3日間寝込んでしまいました。何とも情けない年明けです。昨日は溜まっていた不満を解消しようと僕は家を出ました。ただ訳も無く海か山のどちらかを見たかったのです。何の目的も持たず、ただ風景を見ているだけで僕は癒されます。昨年もその前の年も海が見たくて三浦半島へ行きました。終点の三崎口まで電車で行き、三崎めぐりのバスで色々な海岸を巡って城が島と行くと云うコースが定番でした。が昨日は一度新宿まで出て、乗り継ぎで最初に来た中央線の電車に今日の僕の行き先を決めさせました。とてもいい加減です。この時点で海には行けません。そうだ今日は山だと決めて青梅を目指しました。そう云えば青梅には「昭和レトロの商店街家並み」が有ることを思い出しました。道中景色を見たり、車内の人を観察したり、うたた寝をしたりして目的地に着きました。青梅で降りようと思いましたが、隣のホームで待っていた青梅線に乗り込んだのですから本当にいい加減です。でもこのいい加減が僕は好きです。青梅を過ぎて間もなく左に見えてきた渓流と緑に囲まれた幾つかの橋は都会の喧騒を忘れさせてくれます。終点奥多摩駅まで十分に楽しませてもらいましたが、もう一度風景を楽しみたくて折り返しの電車で今来た風景を見ながら青梅に引き返しました。ホームの売店で“胡桃もち”を一つ買い、食べながら町を見ることも無く東京に戻ってしまいました。これが僕の新年の小旅行です。気分はスッキリしました。
“2008年の年賀状”
謹賀新年2008


今年も国内外の大勢の方々より年賀状を頂きました。時代を反映してメールで年賀状を送ってくれた方も多々ありました。虚礼廃止とか何とか言っても元旦に頂く年賀状は感慨深いものがあります。毎年ながらル・マンのバイブイ家やドービルのジャンクロードとコリンさんから頂くクリスマスカード&年賀状はこれを頂かないと年が明けた気がしないまでになりました。そして今年僕を驚かせてくれたのがACOのモニカさんからの年賀状でした。添付された物を開くと、雪が舞い散るル・マンのダンロップが出て、空からトナカイに引かれたソリに乗ったサンタクロースが現れました。そして暫くすると場面が変わって2008年のル・マンで開催される数々のイベントが映し出され、CGを使ったマシンがダンロップブリッジから駆け下りてくる画面になり僕を楽しませてくれました。手間と費用が掛かった年賀状です。昨年までは紙物の年賀状でしたが今年からこれに変わりました。色使い、レイアウトも洒落て居ます。ご来店の節は是非ご覧下さい。さて今年もいよいよ始まりました。待望のマセラティMC12やポルシェRSスパイダーが6月のル・マン初登場です。     ※画像は2008年フジヤの年賀状です。