LE MANSといったら「フジヤ」のマスターのブログです。 毎日様々な事について掲載しておりますので、是非ご覧下さい。
“ル・マンの町-1” 続き
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ジャコバン広場の前にあるセントジュリアン教会とその周辺が旧市内で、歩道は今でも石畳になっていて、石の階段がそこここにあり、道幅も狭く、おまけに車の進入を防ぐ為と車から家を守るために大きな石が家の前に張り出しておいてある。石の階段は上ったり、降りたりしないと目的地に辿り着けず、この一画は要塞のようにも感じられる。脇道から中世の衣装を身に纏った人が出てきても不思議ではない雰囲気の場所だ。先生に連れられた子供たちがこの場所を見学している光景を何度も見かけた事が有る。レース以外でル・マンを訪れる人は必ずここを訪れる。家の扉は太い木で出来ている。大男が何人でたたいてもビクともしない扉だ。この石の家を利用してお土産やがあったり、洋裁店があったり、小洒落たレストランもある。地震の無いフランスだから出来るのかもしれないが、古い町が観光資源として使われていて、開発の名の下に古きよき物までも壊して、画一化してしまうわが国の観光地にない良さが今も残っているのが羨ましい。画像は新旧のル・マン市内を紹介した物。市内を走るトラムがなくなり、自動車に取って代わられているが、近々にトラムが復活する。環境を考えるとトラムは不可欠。
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“ル・マン市内をご案内します”
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今回の改装プランを考えるにあたり、当初計画になかったル・マンクラシックの大ポスター(300x380cm)を店内に貼ることにした。場所とレイアウトは後のお楽しみと言うことにして、今回から暫くル・マンの町とサーキットの話をしようと思う。現在フジヤの2階の天井にはル・マンの地図が貼ってある。元はといえばご来店の方にル・マン市内とサーキットの位置関係を知ってもらう為に何年か前にル・マンの地図を駅で購入して、それを天井に貼り、棒で指しながら説明をしてきた。皆さん異口同音に言われるのは、「市内とサーキットは近いな~」との事だ。確かに直線で5,6kmしかない。だから練習走行や試合が始まれば町中何処からでもエンジン音が聞こえそうだ。ル・マンの町は旧市内と新市内に分かれていて、旧市内は今でも中世の趣を残している。その旧市内に行くには駅から真直ぐ伸びた緩い大通りの坂道を徒歩で8分ほどの距離だ。両脇には石作りの建物が並び、大通りに交差する何本もの道には各道の名前が付いて、交差する道はある順序でレイアウトされているようだ。石作りの家は僕が行く6,7,9月は太陽の光で温かみを感じるが、冬の間は寒々と感じることだろう。車検が行われるジャコバン広場までが新市内で、その前にあるジャコバン センター(ショッピングモールド)は近代的な建物だ。    太い線で囲ってあるのが旧市内。左下がル・マン駅、その真直ぐ上に行くとジャコバン広場。    続く。
“PMAからの連絡”
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昨年業務を停止したプロバンス ミニチュア オートモデリズム(PMA)から連絡が入った。ご承知の方も多々おいでかと思うが、現在PMAはフランスのHECO社の傘下に入っている。昨年旧PMAの担当者に連絡を取っても音沙汰がなく、PMAがHECOの傘下に入ったらしいと聞いて、僕は1月に直接HECO社にメールを出していた。しかしその返事が返ってこなかった。そこで友人のフランス人に連絡をして「僕がPMAと付き合いたい」旨を伝えてもらったが、その返事も帰って来ず、悶々とした時間が経っていた。そして先日フランスの友人に催促すると、「僕もPMAから連絡を待っていた」との事で、再度HECO社に連絡を入れてもらった。そしてその回答がやっと来た。旧PMAの担当者が引き継いでくれればこんな事にはならなかったのに、随分と遠廻りをしてしまった。ここでグチっても仕方はない。43を継続する為にPMAの商品は外せない。シンプルなキット構成、確かなプロポーションは43を愛するモデラーやこれから43を始めようとするモデラ-にはなくてはならないキットだ。兎も角PMAの商品が近々に入荷する。

遅ればせながらPMAの新製品をご紹介いたします。宜しければご注文下さい。

まずは近々に発売される商品のラインアップをご案内いたします。アイテムは2007年のラリー車が中心です。更に付け加えますと各アイテム毎にプロポーションとOPENモデルの2種類をリリースします。最近のメーカー完成はいずれも廉価で出来が良く、プロポーション キットは完成品メーカーに食われてしまうとの読みで、PMAとしてはOPENタイプのキットに活路を見出し、43マニアの要望に応えようとしています。
“シタデル塗料を病院へ宅配”
ル・マンの前にM歯科へ、次はその前にある外科病院へ行った。虫歯同様長年付き合ってきた○○をル・マンの前に手術したほうが良いのか、否かを聞く為だ。(○○と書いたのは、余り格好の良い箇所ではないからだ)廊下で呼ばれるのを待っていた時に、当店のお得意さん、脳外科のK先生にお会いした。「先生に買ってもらいたいものがあるんですよ」と僕は他の患者さんに迷惑にならない小声で話した。「午後は暇だから、見せてくださいよ」言うことになり、昼食後僕はK先生の診察室に入り込んだ。他の科目の先生と比べ脳外科のK先生は暇だ。早速シタデル塗料の売り込み開始。水性アクリルながら速乾、重ね塗りが出来る無臭の塗料に先生はえらく興味を持ってくれた。「これなら入院中に病室でフィギュアを塗っても看護婦さんから文句は出ませんね」。と先生は僕が言いたかった事を先回りして言った。お買い上げ。実演しようと思ったら看護婦さんから外来患者が来たことを告げられ、実演は出来なかったが、次の当直日にフジヤへ行くとの事だった。午前中に診てもらった外科の隣のK先生の診察室はここが同じ病院でとは思えないほどリラックスしている。だが一度手術が始まるとK先生は豹変するのだろう。忙中閑有、K先生はシタデル塗料の教則本を見て疲れを取るのだと僕に言った。
“続き”
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息子先生が僕の横に着くや否や僕は恐怖感で目を閉じた。麻酔の注射針が歯茎に触れる感覚はあったが、“痛くない”。これは何処に針を刺そうかを探しているのだと思い、僕は体をこわばらせたが、「ハイ終わり」の先生の声。そんなはずはない。あの痛さと恐怖は何処へ行ったのだ。「名医だ」。その後の怖い、怖い抜歯も安心して僕は先生に任せた。
先日の治療にM歯科へ行き、先生の趣味が“入歯作り”と知った。治療の途中で工房に入れてもらい、棚に並んだ入歯の模型を見ながらの模型談義になった。ドイツ製の歯科工作機械に囲まれた工房は先生の言葉を借りると「模型作りに良い部屋・・」との事で誠に羨ましい限り。僕の目は使いやすそうなリューター、材料のレジンやシリコンに行く。これらを使えば複製や自作のパーツもたやすく作れる。技工士さんでミニカーを作る人が多数いるのもうなずける。次回僕はミニカーのキットを持ち込んで、先生の趣味を入歯作りからミニカー作りに変更させる作戦を立てよう。
“歯医者さんは怖くない”
毎年僕は4月の声を聞くとル・マン行きの準備に入る。その前に今年はどうしてもやっておかなくてならない事がある。歯の治療だ。歯医者は苦手だ、と言うよりも怖い。悪い歯を抜く時の歯茎に打つ麻酔の注射針の痛さとペンチやドリルを使う抜歯の時の恐怖感はたまらない。それにもまして僕の家の近くにあるM歯科のオヤジ先生の顔は麻酔の痛さや抜歯の時の恐怖感よりも怖かった。以来何とかごまかしては歯医者に行かない参段をして来た。そのオヤジ先生も5年前に他界し、今ではオヤジ先生とは似ても似つかぬ柔和なお顔の息子先生がM歯科を開業している。だからと言ってお顔の恐怖からは開放された物の、抜歯の時の痛さと恐怖感は心に残っていた。意を決して本日うかがうと、息子先生は「虫歯は今抜いても後で抜いて変わりませんから、抜くのでしたら早いほうがいいですよ」とおっしゃる。そして「今日でも出来ますよ」と付け加えた。僕にとって抜歯は強い決意なくしてはやってはいけない事と思っていたので、唖然としてしまった。と言うよりそんな簡単に抜歯と言う言葉を軽々しく言ってもらいたくなかった。でも6月のル・マン行きを考えると、もはや抜歯を延ばす時間はない。「やっちゃいますか・・」と僕は恐る恐る答えた。レントゲン撮影の後にパソコンに映し出された僕の歯を見ながら、息子先生は麻酔の準備に取りかかった。僕の体は戦闘体制に入った。    続く。