LE MANSといったら「フジヤ」のマスターのブログです。 毎日様々な事について掲載しておりますので、是非ご覧下さい。
“32で蘇る、懐かしい昭和の風景展”追記
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昨日から始まった展示会を見に年配の方が2階に上がってこられた。普段は孫のお付き合いで1階の玩具売り場にしか来られないおばあちゃんだ。「是非見てください、おばあちゃんに見てもらいたい物が展示してあるんです」とのフジヤのカミさんの話で2階に上がってこられた。「いいねこれ、そうだよねこんな風景が若いときには一杯あったものね。」と言って作品を1つ1つ丁寧に見てくれた。おばあちゃんが青春時代を共に過ごした車たちがそこにある。その時代の出来事をイッペンに思い出してしまったのだろう。敗戦を経験し、つらい生活がやっと終わり、行け行けで日本中が活気に包まれていた時代がまさにこの時代だったから、おばあちゃんは感激したのだろう。僕はこの展示会の作品を色々な人に見てもらいたい。  【雑感】この32と言うスケールを発売したLS社は他社が24で出していた時になぜ32にしたのだろうか?もしかすると時間はあるがお金が無いモデラーの為に32にしたのかな?業界の先輩に聞いてみよう。
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“32で蘇る、懐かしい昭和の風景展”開催 開始
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32スケールの自動車模型を制作し、それをジオラマ仕立てにした“懐かしい昭和の風景展”がフジヤ2階模型売り場で始まりました。総数11点。クラウン、パブリカ、スバル、ミゼット等の車は昭和30年代を代表する車です。今回展示のジオラマは古き、良き昭和の時代の風景をこれらの車を使って再現していて、見ているだけで気分が和み、癒されるジオラマです。8月20日まで開催していますので、是非ご来店の上、ご鑑賞下さい。お子様の夏休みの工作のヒントにもなりますが、ご年配の方に是非作って頂きたい模型とジオラマです。
“23日の続き“
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毎日、毎日、野暮用に追われているとル・マンのレポートを忘れてしまう。ですから今日は23日の続きをUPします。3両編成のトロッコ風の自動車は最初に乗ったクリスティーム社の前に止まった。2年前はこの場所に入るには何がしかの招待状が必要で、僕は中に入れなかった。しかし今年はその関門が無い。エマニエル君とファンソア婦人と一緒に僕たちは中に入った。広い講堂の様な場所に新旧のマシンが置かれ、これから始まるオークションに備えて、社員により点検がされていた。クラシックに混じって2台のポルシェ962C が有った。どの様な人がこれを買うのだろう?メンテナンスも大変だろうな~と思ってしまう。会場の一角にワインやシャペンが運び込まれ、綺麗なおねえさんが小まめに働いていた。僕たちには縁の無い世界なのだが、こう言う世界も見ておいて損はない。表の喧騒が嘘の様に人の声も落ち着いて聞こえた。ここで売買されるマシンで新オーナーは次回のル・マンクラシックを走るのだろう。
“モデルカーズ編集部に行く”
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毎月末に発行されるMC誌で翌月掲載されるモデルの撮影は一月前の月末にネコのスタジオで行われます。ここにメイクアップ、ロム、ラクーン・オートのそしてフジヤで扱うキット、完成品が持ち込まれ、カメラマンのA氏が撮影し、T氏がコメントを付けます。他店と違いフジヤは毎回オリジナルの完成品を持ち込むので、数量は極少ですが、内容で他店に負けない様な物を出品する様に心がけています。今回はT氏が掲載する事に気乗りしない、ル・マン ミニチュア社のフィギュアーの“ハワイアン・トロピカル ギャル(1992~1994、1995~1997)”を取り上げてもらいました。と言うのも一昨日話しました様にフィギュアーは43の発展にどうしても不可欠と思うからで、小ジオラマが出来るからです。貴方が作った、又はコレクションしたミニカーの脇にこれを置いてみて下さい、今までとは違った別の楽しみが見つかると思います。(画像はフジヤのランチア ストラトス モンテカルロを撮影している現場です。)
よりリアルな模型を目指して
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先月開催した、“モデルファクトリHIRO展示会”のお礼と、ル・マンクラシックの報告を兼ねて、HIRO社へ行って来た。お土産に持っていったASTON MARTINのプレスリリースのDVDを見ながら、模型談義が始まった。一昨日のモデルアートのY氏と云い、HIROさんと云い、模型の話が好きだ。当り前と言えば、それまでだが、模型屋がこれ程まで素直に模型の話をする人はめったにいない。それが楽しくてしょうがないと言うのだから、この会社は伸びる訳だ。爆発的に売れているASTON MARTIN DBR9 LM2005(\18,900)の次はLM2006のASTON MARTINだ。期待大である。HIRO社がこのマシンで唯一分からなかった箇所はルーフ上の文字とデザインで、僕もル・マンからの資料をO君に話したが、見つからない。それを僕たちがダベッテいる時に社員の1人がネットで見つけた。その時の喜びと言ったら、鉱山から金塊を見つけ出した様な騒ぎだったこれでHIROから良い2006年のASTONがリリースされるだろう。このKITに併せて、ホビーショップGTからスーパーファイングリーン(\473)とこの上に重ね塗りするパールグリーン(\525)が発売されている。ご注文を待っています。
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“モデルアート誌Y編集長ご来店”
パドック


そろそろワインがフランスから届くのを嗅ぎ付けて、モデルアート誌のY氏がご来店。そう言えば昨年Y氏にワインをサービスした事を思い出した。早速ル・マンで撮った写真やパソコンの中の画像をY氏にご覧に入れた。“羨ましいな~”の言葉をありがたく頂戴して僕は色々なパンフレットもご覧頂いた。一通り見ていただき、やはり僕たちは模型の話に落ち着く。僕たちの興味は最近のル・マン車よりクラシックカーに有るので、話はどんどん危ない方向に進んでしまう。そして43を発展させるには“フィギュアーを絡ませた小ジオラマが1つのキーワードになる”との僕の持論をY氏に強引に押し付けてしまった。Y氏も納得したように思ったが、多分これは近々に届くワインを目当てにした同意に違いない。
続き
ランボルギーニ


広いブガッティー・サーキット(ル・マンのサルテサーキット内にあるコース:BS)を手っ取り早く知るには、サーキット内を走る3両編成のトロッコ風の自動車に乗るのが1番です。僕たちは改装された場所からクリスティー社が開催するオークション会場前から、この自動車に乗り込みました。車はトンネルを抜け第1コーナーの脇を通りダンロップ。ブリッジに進みました。そこに行くまでにアストン マーチンクラブ、MGクラブ、モーガンクラブの横を走ります。各クラブはヨーロッパ全土から参集して、ミーティングを開いていました。新旧入り混じったマシンの数は数え切れない程です。自動車はBSに戻りS字のコースを走りました。さあここからが大変です。マトラ、ムスタング、ダイムラー、ランチャ,FIAT, シトローエン、ダットサン、アルピーヌ、ジャガー、フォードのクラブが連なり、そしてフェラーリ 、ランボルギーニ クラブへと続きます。これだけ見てもこのイベントに来た甲斐はあります。何処まで行ってもフェラーリ、何処まで行ってもロータスです。とても贅沢な気分を味わせてもらいました。僕は夢中になってこれらのマシンをカメラに収めました。
“改修されたサーキットとパドック裏のビレッジ。”
パドック


車を駐車するには草むらに30cm程のブロックにナンバーが書き込まれた所に置く。正面入り口から200m程行った所にある入り口から僕たちは入った。今回用意してもらったチケットは、入場券、パドック券、そして観覧席の3枚だ。それらは首から提げたケースに収納してある。入場券を係りに渡すと、耳の部分だけ取られる。入ると直ぐにメインスタンドの裏に出る。その左にはACOの事務所と売店がある。僕たちはスタンド脇のトンネルを潜り、ピット裏に出て、左に歩いた。今回ピットは6つに別れ、それぞれのピットに多数のマシンが並んでいた。その脇を通り抜けると今年改修されたビレッジに出た。昨年とはまるで違う光景にしばし足が止まる。ここだけ別世界になっていた。両脇にはACO関連の店と、エルメス、GULF等のスポンサーらしき綺麗な店とレストランが並んでいた。(新装成ったレストランは値段がグーント高くなって、入りにくくなったとファンソア婦人は言っていた)昨年までは木造の小屋風の店が立派な店に変わっていた。
“サーキットまでは車で”
7時に起床、階段を下りてキッチンへ行き、ファンソア婦人に朝の挨拶をして家の周りを散歩に出かける。これもいつものパターン。緑に囲まれた高台に点在する住宅地を歩くのは気持ちが良い。遠くにル・マンの街が見える。マンブイ家は駅から車で約7分、サーキットまでは約15分の距離だ。8時の朝食時に今日のスケジュールを話し合って、9時に家を出る。9時に家を出ないと1日のスケジュールが消化出来ないほどの日程だ。離れの家にある緑のFiatでサーキットに行く。道の両側には農地が続き、大きなロータリーを3つ程やり過ごすと、サーキットに隣接する軽飛行機の飛行場が見えてくる、その先にサーキット場の観覧席の裏側が連なって見える。その向こうにピット上に在る急な観客席の上に各国の旗がはためいていた。ここはル・マンにきたな~と言う実感がわく場所だ。車は正面ゲートの手前を右に折れ、指定の駐車場に止める。あるあるフォードやロータス、アルファロメオ、ジャガーのクラシックカーが。今日はここでもイベントが行われていた。複葉機が置かれ、そこにクラシックカーに乗った貴婦人がパイロットを迎えに来る筋書きだった。モノクロの映画を見ているようだった。
“2006年各チーム・インフォメーション到着”
資料


ASTON MARTIN, AUDI,ペスカルロ、クラージュがメディア向けに出しているインフォメーション・ガイドが届きました。これを入手するにはピット2階にあるメディア・ルームに入るしかありません。いずれもデザインに凝った作りです。そして最近はDVDに多数の映像を納めています。そして6月のル・マンと同時開催される、WELLCOME ブリテンのパンフレッツト、ル・マン・クラシック開催時の地元の新聞、ル・マン レジェンド レストランのメニュー等々、いずれも興味深いものばかりです。これらは全て僕がジャン・クロードの家に着いた時に、僕の為に用意されていた物です。門外不出ですので、どうぞご来店の折にご覧下さい。はまりますよ!!
“届いたラージサイズのTシャツ”
今年6月のル・マンで1番人気は言わずと知れた、ASTON MARTIN DBR9です。戦績はともかく、カラーリング、デザインは抜群です。このアストンのOFFICIAL Tシャツ、キャップ、フラッグが届きました。僕は6月にル・マンに行けませんでしたので、ジャン・クロードさんに「会場で何か特別な物を販売していたら、買っておいて下さい」とお願いして置いた物を、現地で受け取り、それを他の物と一緒にドービルから送ったものです。喜び勇んで開梱したら、TシャツはLとXLだった。そうなんです、ジャン・クロードは僕の為に自国で1番ポピュラーなサイズを僕に取っておいてくれて、それを僕は確認をしないで受け取り、送ったと言う訳です。日本人ならSかM、大きくてもLサイズが大半ですのに、なんとLとXLです。息子に“ケアレス・ミステイク”と言われても返す言葉が見当たりません。「航空代は出せないから、ボートを漕いで取り替えてきてくれ・・」と。情けない。その直後、捨てる神あれば、拾う神あり。体の大きなアストン・ファンがご来店で、1枚Tシャツをお買い上げいただいた。現在LとXL発売中。
“CHRONO 43”をリンクしました
海

ル・マンのレポートの途中ですが、本日からCHRONO 43とルネッサンスの2社のHPをリンクしました。この2社は今回僕のブログをお読みいただく時にどうしても2社の存在と内容がお分かりいただいておかないと、前には進めない会社ですので、リンクをしました。まずCHRONO43ですが、このオーナーはジャン・クロード・ボーディアさんと言い、彼の家がフランス滞在中の僕の2番目の宿です。店はドーバー海峡に面した、高級リゾート地ドービルにあります。ドービルはカンヌ、ニースと並び称され、映画祭が開催されます。映画“男と女”のロケ地としても有名です。長く綺麗な海岸があり、現在ヨーロッパ中から、リッチな観光客が集まり、賑わいをみせています。海にはプライベートの更衣室が連なり、その入り口に映画関係者の名前をつけたゲートがあります。なぜここに彼が店を開いたかは、後ほどお聞かせするとして、CHRONO43は文字通り43スケールのジオラマを制作、販売をしています。
伝統を守るためには。
市内


トラムの色はレンガ色のオレンジ。これがル・マンの色だ。車検でお馴染みのジャコバン広場の前にセント・ジュリアン教会はこの街のシンボルになっている。この教会の周辺が旧市内で、ここに入り込むと中世の街にタイムスリップする。路地裏から中世の服をまとった人がヒョット出てきそうな感じがある。急な坂道には石段があり、石作りの建物は当時のままの姿で残っている。木で出来た重くて、大きな扉は現代を拒んでいるようにも見える。この旧市内を囲む石の城壁を使って夜になると最新の技術を駆使した現代アートとも言う、ムービーシアターが行われていた。壁に映し出された映像は幽玄な感じだった。恋人同士、仲間同士そして11時だと言うのに親子ずれが何人も来ていた。新旧の技術が重なりって伝統は受けつながれていくのだろうか・・・。
生まれ変わるル・マン市内
トラム


第2次世界大戦でドイツ軍により町が破壊される前にはル・マンにも“トラム”市電が走っていた。その後トラムは次々と自動車に取って代わられ、現在はトラムの路線は1本も無い。それをル・マン100周年の周年行事としてトラムを復活する計画が発表されていた。その計画を現実の物とする事が決まり、現在ル・マン市内の主要幹線道路では路線敷設工事が始まっている。ユニバーサル・ホールからサーキットまでの区間にトラムが走る。ジャコバン広場方面から現在の駅を真直ぐに来て、左に折れ、更に右に折れてサーキットに向かい、テルトルリュージュ周辺からテクノパークに至る距離だ。トラムによってル・マンは確実に変わる。しかし何もかも取り壊しての改革ではなく、古くはあるが残さなくてはならぬ物を残しての改革である事が日本とは違う。もっともフランスには地震が無いという事もあるが、石作りの立派な建物が今も数多く残っている。
“ル・マンまで”
7月5日AM11:20 ANAでNARITAを出発、パリには同日のPM4:20到着。入国審査の後そこからバスでTGVの駅まで移動、PM7:05ル・マン到着。この行程は昨年とまるで同じ。駅にはファンソア婦人とダニエルさんが待っていてくれ、約3キロ先のマンブイ家の居候になり、荷物を2階のいつもの部屋に置き、風呂を使わせてもらうといういつもの行動。4匹いた猫が2匹死んでしまった以外は昨年と何も変わっていなかった。メールを頻繁にやり取りさせて貰っているせいか距離感はまるで無い。ご夫妻の物腰も同じで、僕にはまるで緊張感が無い。この緊張感の無さがその後ある事件になろうとはその時は何も思わなかった。日はまだまだ高く、風呂あがりに僕は浴衣に着替えて、ご夫妻と夕食をさせてもらった。ダニエルさんについでもらうワインは格別の味がした。明日のスケジュールを確認してベットに潜り込んだ。
帰国報告
昨晩無事に帰国しました。フランスからメールを送ろうとしたが、フランス人のパソコンを借りてメールを出すとローマ字だけの通信になってしまうので、断念した。本当のことをバラすと、毎日が楽しくて、毎晩のワインが美味しくて、ブログをやる暇が見つからなかった。今回のクラシック・ルマンは第3回目なので、ACOの運営も手馴れてきたようだ。各クラスのマシンはスムースにパドックからコースに出て行った。6月のル・マンに比べて中年、老人ガ多いのもこのイベントの特徴だ。自身の青春時代を過したマシンを見るにつけその時代が蘇ってくるかのように慈しみを感じながら応援しているように僕には見えた。更に彼らの何人かはその時代のマシンをドライビングする喜びを体全体で表現していた。今年、サーキット裏のパドック周辺は改装され、昨年の面影は無い。しかし整然と整備されたのはここだけで、その他の多くの場所が昨年と同じだったことに安堵した。サーキットに参集する各クラブも前回同様、否前回にも増した数量のクラブマシンがあった。今回も又多くの人と会った。メールではやり取りしていたが、実際には初めて会う人なのに、何年も前からの知己に感じられ、即話に入り込めるのは日本もフランスも変わりない。明日からそのレポートをしていこう。mati

旅立ちの日
何か忘れ物があるのでは無いかと気がかりだ。だってまるで緊張感が無い。息子に言われた「小学生の遠足じゃあるまいし、あれ持った、これ持ったなんて言えないよ・・」と。フランスの人達と頻繁にメールをやり取りしているので、あらためて渡仏なんて気持ちにならない。セドリック君を去年の9月に成田で出迎え、他の人には6月に会ったきりなので、皆さんそうそう変わっていないと思う。いやいや違うな、コリンさんは綺麗になっている筈だし、ファンソア婦人とダニエルさんは栄養過多で昨年よりかなり太ってしまっただろう。それどころでは無い、一番代わっているのはル・マンのサーキット周辺だ。速く見たいな。果たしてマスターブログがル・マンから 発信できるのだろうか、心配だ。
取材されたのかな?”
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ネコ・パブリシング社の編集人B嬢とT氏がフジヤの取材に来てくれた。本誌にフジヤを紹介してくれると言うので、僕は2人の興味のままにインタビューを受けた。何でも質問してくれと居直って、“まな板の鯉”。取材の合間に2人にお見せする資料、写真は全てル・マンがらみ。「本当にル・マンがお好きなのですね・・」の問いには先日KID BOXさんでお話をさせてもらった言葉のオオム返し、「一日たりともル・マンの事を忘れた日は無いのよ、毎日何かしらル・マン関連の仕事になっちゃっていますからね」と答えた。2人は何でフジヤがル・マンに特化してきたかに特に興味があったようだ。その質問に答える前に僕は今までの処世術を話した。「僕はね、今まで“運”だけで生きて来たみたい。無論行動しなくては何も始まらないので、とにかく走り始めるでしょう、そして何かにつまずくと、そこには必ずウルトラマンが助けに来てくれてさ、そして今後もこれが続くと思っているのよ、だから僕は楽天的なのよ。気が付くといつの間にかル・マンに人脈が出来、そこから又話が膨らんだりしてね」彼等の質問の答えにはなっていない。僕が話すル・マンは体験してきた事ばかりなので、どんどん話せる。嘘は無い。2人は呆気に取られた様だ。
(画像は取材中の2人)
ビデオ リハーサル
いよいよ3日後に迫ったル・マンでビデオを撮ろうとカメラ リハーサルをした。日頃デジカメや写真で被写体を撮っているせいか1ケ所で落ち着いて録画することが出来ない。どうしても早くカメラを振ってしまう。落ち着きが無いのと貧乏性のせいだろう。意外だったのはこんなにもゆっくり撮って飽きがくるのではないかと思うくらいゆっくり撮って正解のようだ。それにしてもバッテリーがすぐに無くなるのが、気になった。そこでフランスの電圧に変換する器械を買った。これなら向こうで充電できるはずだ。でも重いな。昨日ファンソア婦人から頼んでおいたル・マンのビデオが届いた。フランスと日本のシステムの違いで音声は聞こえても画像が出ない。明日専門店に行ってこよう。早くみたい。
気がつけば7月
早いもので今日はもう7月です。最近足腰の悪くなったお袋に代わって僕は地元の神社に月の初めにお参りに行っています。神主の奥さんは地元常盤台小学校の先輩で、同窓会の会長です。お参りのついでに神社の隣にある神社が運営するギャラリーで、一日だけ和菓子が販売されますので、僕はそこでお袋のお土産を買い、奥さんにお茶をご馳走になっています。神社の奥さんは僕たち一般人からすると“浮世離れのした”存在です。無論苦労もあるとは思いますが、経済的には僕らの比ではないので、生活にギスギスしたところが有りません。映画“フーテンの寅さん”に出てくる、御前様の様な存在です。最近行った外国の事や留学生に対するボランティアの話は聞いていてとても気持ちが良い。僕には奥さんが、他人の幸せだけを願って生きているように見えます。僕のしているボランティアとは比較にならない大きさです。「自分が出来る範囲で最善を尽くすのが、一番のボランティア」の言葉が僕は好きです。